献保梨拭漆小簞笥「歌合」

けんぽなしふきうるしこだんす「うたあわせ」 高さ 25.0 x 幅 30.0 x 奥行 14.0 cm / 2023年
販売済
オーダー制作、購入可能な作品など
  • 木竹工人間国宝
  • 価格帯 ¥1,000,000 - 6,000,000
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作品について

人形分野は別として日本伝統工芸展の出品作には銘が無いことが多い。例えばこの作品でも以前の私なら題名の前半部分「献保梨拭漆小箪笥」のみであった。単に作品が何かという説明であってそこに主張はない。しかし制作を重ね、何を、何故作るのかを考え続けた結果、後半の例えばこの「歌合」のような銘が加わることが近年多くなった。
作品そのものだけを観て感じることだけでいい、銘のような、ある意味では説明はいらない、とする意見もある。確かに陶芸作品などはまず立体としての美しさが主要なのか、銘のある出品を知らないが、木工藝は素材としての材木、形、仕上げ、用途、加飾など多くの要素があり、それらを統べる思いが作品として表現されている。銘はその思いを作者としてはっきり表明する手段であり、また他者の理解を助けることにもなるだろう。
もともと私は中国や朝鮮における文人にあこがれを持ち、といっても遁世的にではなく日常もしっかり生き、その上で精神の自由として文人という積極的な生き方としてあこがれていた。その文人世界を端的に語る漢詩の世界に若い時から惹かれ、そこから制作のヒントを見出すことも多かった。
「水光接天」は蘇軾の赤壁の譜から、「皓月千里」は范仲淹の岳陽楼記からというように。しかしいつの頃からかその漢詩世界を支えた中国思想の苛烈さに多少の居心地の悪さを感じるようになったのは、齢を重ね若い時ほど黒白(こくびゃく)を決めがたくなったことと無関係ではあるまい。加えてこの温暖で湿潤な天地(あめつち)に生きているからだろう。そこで関心は万葉、記紀の世界に向く。
ここ何年か万葉集から題を採った作品が続いたが、その歌を使った“真剣な”遊びが「歌合」である。漢詩は直接的に政治的世界をうたったものもあるが、和歌は歌の内容に加え作歌の過程や場が意味を持っているように思う。その象徴として歌合は児戯を超えた作者と選者の交歓に文化の成熟を感じ興味を惹かれた。
平安時代、天徳4年(960年)の天徳内裏歌合がとくに有名で清涼殿の情景が記録されている。この小箪笥はその様子を取り入れ、「左方右方に分かれ着座し中央には洲浜形の台を置いた」とあるように、左右2つの抽斗箱を中央の洲浜形の銀金具が結びつけている。鍵になる部分には金銷を施し変化を与え、角八つ組の組紐が付く。3段の抽斗は黒柿と白いシカモアメープルの組み合わせだが、左右で逆の使い方をしている。抽斗は歌合の勝敗のように左右で入れ替えることが出来る。抽斗がスムーズに動くためには正確な工作が必要であり指物の基本である。通常は抽斗をわずかに先すぼまりに作り動きやすくするが、私は一つひとつの抽斗が独立した箱であるとの思いから前後の幅が全く同じ矩形に正確に作っている。しかしそのことによって動きづらくならぬように工夫が施されている。この工夫によって正確な矩形の抽斗でありながら、前後、左右を反転しても問題なく格納できる。これは実際に必要な機能ではないが、このような精度、心配りが工藝作品として作品の存在感を高め清雅なたたずまいとなる。
外装は献保梨材の柾目を左右対称に使った。献保梨は梨とつくが食べる梨とは全く関係がない。関東の木工家がよく用いるが、桑ほど格式張らず、欅ほど粗野でもない、私の好きな材である。適度な縮杢が拭漆で際立った。外周部には黒色の材を廻し、その部材を一段欠き取り、角の稜線を2本作ってある。手触りの柔らかさを出すために角に丸みに作ると全体がだらけてしまうが、この方法は、2本の稜線の間隔がとても狭い結果、指先で触ったときは柔らかな1本の稜線に感じ、しかも見た印象はシャープになる。
加えて自作の銀金具や、脚には今では幻となった小笠原産の桑を用いるなど多くの工程、工夫を経て作品は出来上がる。最後に桐箱に収まって作品として完成だが、私はさらに普通には鬱金染木綿で済ます包布に代わり、この作品では平安時代の平胡籙にモチーフを得た瑞鳥段文錦(龍村裂)で仕覆を用意した。この春日大社に伝わる平胡籙は大治6年(1131年)に奉納されたもので、作品のモチーフとした歌合が開かれた天徳4年とはほぼ同時代といえる。これも作品の重要な一部である。
このように工藝作品は、木工技術はもちろんだが漆芸、金工、染織、果ては桐箱の歴史に至るまで多くの要素、裏付けで成り立っている。たった三十一文字とはいえ人の心を打つ歌を作るためには膨大な知識と努力、そして何より作者の感性が必要であることと同様にすべてにわたって細部まで配慮することが、私にとっての作品作りである。

作品詳細

  • 分野
    木竹工
  • 材質
  • サイズ
    高さ 25.0 x 幅 30.0 x 奥行 14.0 cm
  • 発表年
    2023
  • 限定
    一点物

この作品の技法

指物 (さしもの)

木目の組み合わせを考えて、木を正確に切ることが第一歩です。木を削ったり彫ったりして、つぎ手と呼ばれる凸と凹の部材をつくり、それらを直角に組み合わせて箱などの作品をつくります。金属のクギなどを使わないで組み立てることが、指物(さしもの)の特徴です。

拭漆 (ふきうるし)

拭漆とは、木地の表面に薄く漆を塗って仕上げる技法です。へらなどで漆を塗って綿布で摺り込み、余分な漆を和紙やきれいな布で拭き取ります。この工程を何度も繰り返すことで、木目がくっきりとし木肌も深みを増します。

この作品の入選情報

  • 第70回 日本伝統工芸展 (2023)
  • 入選
須田 賢司

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